メルクマニュアル医学百科最新家庭版

体調不良の画像

家庭の医学について

何となく体調不良の時、その原因がはっきりしないと落ち着かないものです。
医師に診察してもらう前に、自分の症状から原因を推定してみるというのも、落ち着くためにはいいでしょう。
そんな時に昔から使われてきたのがいわゆる「家庭の医学」といわれる一般向けの医学書です。
今やこのような医学書はインターネット上に公開されています。

メルクマニュアルは、アメリカの製薬会社メルクが、
医師や薬剤師の方の手助けとなる様に1899年に出版しました。

最初はわずか192ページでしたが、医療関係者の記憶を再確認するのに便利であり、
遠く離れた場所で医療行為に従事するのに持っていきやすいということで好評だったようです。

今ではこのマニュアルは様々な言語に翻訳されている他、高齢者医療に特化したものも出版されています。

診察を受ける入口として使用する

1997年に家庭向けの版を出版しました。
医学用語はどうも一般の人々にはなじみにくいという事で、
専門用語を一般的な言葉に置き換えて編集し直しています。
高齢者医療のものも2004年に出版されています。

このマニュアルの特徴は、キーワード検索と五十音順の索引、
部位ごとのセクション分類のそれぞれから病名を探る事が出来る様になっている事です。
一番簡単なものとして、身体のどこが痛いのかという事からセクションを選んで、
症状に該当する部位をクリックしていくと疑わしいものにたどり着ける様になっています。

軽症のものから命に関わる深刻なものまで収録されています。
ここで気になる事があったら、すぐに医師の診察を受ける事が大事です。
類似した症状でも全く違う病気が原因のことがあり、処置が大きく違うのです。

精密検査や処方される薬の詳細も

さて、日常生活でも勤務していれば年一回の健康診断を受けます。
結果次第ではさらに精密検査を受ける必要が出てきます。
この精密検査で今までに馴染みのない検査を受けるよう指示が出る事があり、不安になる事があります。

そのような場合、検査の目的と方法がこちらのマニュアルにはしっかり書かれています。
何のために行うのかを納得すれば、精密検査を躊躇することはなくなるのではないでしょうか。
もちろん、冷静に検査の内容を説明しているので、実際に検査を受けると一日以上かかるものだったり、
身体に若干の負担のあるものも含まれています。

それから、医師から処方される薬がどういうものか気になる場合もあります。
最近の医師はどういう薬かを診察時に丁寧に説明してくれて、その処方箋を薬局に持っていくと、
薬剤師が改めて説明してくれる事が多い様な気がします。

こちらのマニュアルでは、薬の名前は可能な限り一般名で記載していますが、
商品名を記載しているものもあります。
もちろん日本での主な商品名も併記されています。

また、ジェネリック医薬品も発売されています。
ただし、先発品を使用するかジェネリック医薬品を使用するかは、
このマニュアルを読んだだけで判断するのではなく、
医師または薬剤師とじっくり相談する必要があります。

メルクマニュアル医学百科最新家庭版はこちら→http://merckmanual.jp/mmhe2j/index.html

看護師の資格と仕事内容

看護師(産婦人科)の画像

看護師の重要性

看護師になるには、国家試験である看護師試験に合格しなければなりません。
看護師を目指す人には、看護師になるまでの流れ、
特に試験の受験資格、科目、内容、合格基準が必要となるでしょう。

また、試験合格後に就職、さらには転職する際に知っておくべき事もいくらかあるでしょう。

高齢化社会を迎えた日本では、看護師はますます必要とされています。
看護師の資格は一度取得すればずっと有効で、この資格があれば職を失う可能性は低いでしょう。

ただ、看護師資格の国家試験の合格者は毎年4万人以上出ているのに、
看護師不足は一向に解消されないそうです。
かつての「保健婦助産婦看護婦法」では、女性は「看護婦」、男性は「看護師」と呼ばれていましたが、
「男女雇用機会均等法」が施行された事により、
法改正がなされて2002年3月から「看護師」と呼称が統一されています。

でも、男性の看護師を見る機会は少ないのではないでしょうか。
年々増えているとはいえ、2006年の時点では男性看護師は5%弱です。
教育カリキュラムも勤務内容も同じなのに、従事する方々の比率はまだまだ差が大きいようです。

専門的な分野について

さらに最近は、看護師にも特定の専門分野に強い人を意味するものが出来ています。
例えば特定の看護分野に関して熟練した知識と技術を有する認定看護師、
特定の専門看護分野において卓越した看護実践能力を有する専門看護師です。

これらは5年で更新する事により、レベルを維持しているようです。
他にも家庭を訪問して患者のケアを行ったり、患者とその家族に保険指導を行ったりする訪問看護師もあります。
動物を家族の一員とみなす人は動物病院で獣医にペットの診療を依頼します。

動物病院で働く看護師は「動物看護師」ですが、こちらは国家資格ではなく民間資格です。
各団体が実施する認定試験などに合格し、
認定を受ければ動物看護師として働くことができます。

看護師不足で大変

さて看護師はどれくらい不足しているのでしょうか。
2011年には全国で56000人ほど不足しているそうです。

新卒看護師と再就職者が居る一方で、それを上回る退職者がいるため、
看護師不足はなかなか解消されません。

医療の高度化、専門化に加えて、ベッドの稼働率を上げる方針の医療機関が増えたため、
看護師の職務が多忙かつ複雑になっています。
このため退職する看護師が増えているそうです。

看護師が退職すると、残った看護師がますます多忙になるという悪循環に陥る可能性があります。

看護師として勤務する際、どういう病院を選べばいいのでしょうか。
やめたほうがいい病院の例で指摘されている事項には、違法なのではという様なものもあります。

患者として診療を受けるときの病院の評判が、
看護師として勤務する場合の評判と共通するところもあるようです。
また、正看護師が少ないところは仕事の負担が多くなるという事もあるようです。

看護師たちもサラリーマンと同じ悩みを抱えているという事が伝わってきます。

職場でお悩みの方は参考にしてみてください。

また、最近では看護師の職場として保育園や介護施設でのニーズというのも
高まっています。少子高齢化が進み介護施設が増えていること、相反して
一部の都市で待機児童の問題で保育園、幼稚園が足りていない背景から自治体
が動き出している経緯もあります。求人サイトを見るとよくわかります。
<参考>
保育士・看護師の求人転職情報→ 【保育士求人ナビ】

看護師

病院の画像

看護師の辛さ

怪我や病気で苦しむ人の看護に献身的に当たる看護師。
「白衣の天使」に憧れて看護師になりたいという方がいらっしゃるかと思います。
そのような方に、十数年看護師として働いた方が、現実のやりがいと辛さを伝えています。

まず、一言で語り尽くせないほど「きつい」です。
人の命を預かるという重さを十分に知らずに、看護師を目指したり、
あるいは看護師になってしまった方がいらっしゃるそうで、苦労しているようです。

例えば患者が認知症になると、人格がまるっきり変わってしまうという事があります。
暴れる等の異常行動を起こす患者への対応が難しいところです。
また、看護師の勤務では日中の勤務(日勤)において、
その日の看護業務の責任を持って役割分担を行うリーダーがいます。

リーダーが最年長とは限らないので、恐縮する人もいるそうです。
指示通り動いてもらえないと、リーダーの役割を果たしながらメンバーの仕事もこなす事になります。
場合によっては患者への看護よりも、同僚との関係で疲れてしまうこともあります。

看護師でさらに大変なのが夜勤です。
夜中に患者の容態が急変したり、手術後の看護等により、
もともとの職務をこなせずに他の看護師に手伝ってもらう事もあります。

朝になって日勤の看護師に引継をしてカルテの記入を行うと、昼近くまで残業になってしまうそうです。
長期療養型の病院では、夜勤が16時間で看護師がたった1名の事もあります。
ケアワーカーがいても看護業務が一切出来ないために、薬や点滴等は一人で行う事になります。

看護師に向いている人

人間関係だと、上司に恵まれるかどうかも大きいです。
病院は医者の言う事が第一で、それを主任や看護師晁が受けてスタッフに伝える事になります。

コミュニケーションがきちんと取れる状況かどうかで、仕事がうまく進められるかが変わります。
もちろん医者によって処置の仕方や手順が大きく異なるので、
いろいろな指示にも的確に対応できる事が求められます。

さて、看護師に向いていない人はどういう人でしょうか。
まず看護師の自覚と誇りを持てない人です。

それから、大人の対応が出来ない人です。
認知症の患者の場合、自分で判断できなくなっている状況で、
言葉を本気で受け止めてケンカ腰になってしまう様ではダメなようです。
また、素直に他の人の話を聞けない人は向かないようです。

新人の場合にはいろいろな事を先輩や指導者から教わるのですが、
向上心を持って仕事に取り組む姿勢を持ち、話を聞いていく事が重要なようです。
上司が言う事にいちいち腹を立てていれば、なかなか伸びないようです。

さて、これだけ厳しい環境にある看護師ですが、本心はどうなのでしょうか。
医師を除いてほとんど女性ばかりの職場です。

また、看護師としてビックリする様な場面にも何度か直面しているようです。
ちょっと信じられない感じがしますが、驚く事ばかりです。
そして、看護師が転職する理由や転職のタイミング等、現場ならではの話も散見されます。

日本赤十字看護大学 看護歴史研究室

赤十字の画像

看護歴史研究室について

日本赤十字社の活動で、災害救護活動は主要な活動の一つです。
特に自然災害の時の救護班の派遣が緊急活動として注目されています。
1891年に岐阜県で発生した濃尾地震に始まり、
1896年の明治三陸地震で発生した明治三陸大津波にもすぐに派遣されています。

その後は関東大震災、伊勢湾台風、阪神・淡路大震災、東日本大震災にも大規模な救護活動が行われています。
自然災害以外にも、鉄道や船舶等の交通機関の事故、大火でも負傷者の救護に従事しています。

これらの災害における救護看護師に関する史料の発掘と調査を行っているのが、
日本赤十字看護大学の看護歴史研究室です。

1890年から看護師養成を目的とした養成所として開設され、
赤十字の看護師養成と救護活動に関する資料が5000点以上収められています。
中には明治時代の教科書の様な貴重なものも数多く含まれています。

看護師というと制服に憧れる方もいらっしゃると思います。
看護学校の生徒の制服はどのようなものだったのでしょう。

おなじみの白衣・白帽だけでなく、戦前の学生は濃紺の制服制帽を着用しており、
戦後の短大であった頃には白とブルーの縦縞のワンピースに白エプロン、
1986年に設置された現在の日本赤十字看護大学ではグレーの制服を着用しています。

赤十字の設立の経緯とは

実際の様々な展示物が公開されているのは東京都広尾の学校の構内です。
Webページでも貴重な資料が公開されています。
常設展の他、今までに開催された特別展の資料を見る事が出来ます。

例えば救護活動の歴史について見てみると、まず1888年の磐梯山噴火で初めて救護を行っているのですが、
赤十字の設立の経緯は戦場での負傷兵救護がきっかけだったため、
平時の救護活動が規定に明記されていませんでした。

そこでこの磐梯山噴火、1890年のトルコのエルトゥールル号遭難事件、
そして濃尾地震までは明治天皇の皇后の御内旨として救護が行われていました。

創立から太平洋戦争終結まで4回の戦争がありましたが、
救護の派遣件数は戦争よりも災害に対するものの方が遥かに多かったのです。

トルコのエルトゥールル号遭難事件は、和歌山県沖で発生しました。
500名以上の犠牲者を出した大惨事ですが、
岸に流れ着いた生存者を言葉の通じない地元の漁民たちが懸命に救護して救命したという話が伝わっています。

この時、日本赤十字社の一行も12日間にわたり負傷者救護しました。
トルコが親日国である理由の一つは、このエルトゥールル号遭難事件に対する日本の手厚い対応があるそうです。

この時の救護活動は、救出された生存者が神戸に運ばれたため、神戸の消毒所を仮の病院として行ったそうです。
この救護活動は政府が情報を受けて、宮内省からの要請を受けて派遣されています。

このため、日本赤十字社が実際に活動を行ったのは、事故が発生してから6日後であり、
現在の感覚からすると初期救護というには遅かったようです。

ひめゆり平和祈念資料館

戦争の画像

太平洋戦争について

普段は怪我を負った人、病気にかかった人は医師と看護師が医療行為を行います。

ところが、非常事態の場合にはこれらの医療関係者では手が足りず、
それ以外の人が様々なところで協力をするという事が起こりえます。
その最たるものが地上戦の現場です。

軍人に限らず民間人も様々な場面で協力する事になります。
この結果、民間人も大変悲惨な結末を迎える事があります。

沖縄は太平洋戦争で激しい地上戦が繰り広げられました。
この時、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の女子生徒と職員は、
沖縄陸軍病院に看護要員として従軍しました。

これがひめゆり学徒隊です。
名前の由来は二つの学校の校誌名を組み合わせたものです。
最初は那覇の近くで活動していたのですが、
激しい戦闘のために徐々に南へと移動し追いつめられていく事になります。

回復の見込みのない負傷兵や学徒を置き去りにして撤退し、地下壕に潜む事になります。
最終的に学徒隊は解散を命じられますが、もはや地下壕の周囲はアメリカ軍に包囲されており、
行き場の無い状況になっていました。

さらに人々が潜んでいる地下壕にも様々な攻撃が加えられました。
戦闘終結までの死者は136名、
そのうち解散命令後に犠牲になったのは117名という、多大な犠牲を払いました。

資料館について

この女子生徒と職員の活動を後世に伝えているのが、ひめゆり平和祈年資料館です。
場所は沖縄本島の南端、糸満市です。
1989年に開館しました。

解散後に手榴弾の攻撃を受けて、多くの犠牲者が出た伊原第三外科壕が、
底から見上げた形で再現されているというのが圧巻です。

かつてはこの資料館では、実際に動員された方の生き残りの方が語り部として証言していましたが、
高齢化のために今は証言映像の上映に徐々に切り替えられています。

若い人たちが平和について語り合える場所や、多目的ホールが増設されています。
証言員として、今も生存者から直接説明を聞ける機会もあります。
展示されている資料は、日本側だけでなくアメリカ側が撮影したフィルムも含まれています。
中には当時としては珍しいカラーフィルムの映像もあるようです。

資料館は今までに集められた資料を展示したり、生徒や児童に戦争体験講話等の企画を実施しているほか、
資料館だよりをオンラインで公開しています。
ここには展示されていない事柄がまとめられています。

特にひめゆり学徒隊に被害を及ぼしたのは、黄りん弾です。
黄りんは皮膚に付着するとやけどを起こし、低温でも自然発火するもので、
地下壕に潜んでいた時に放り込まれて呼吸困難になった事で、犠牲になったとの事です。

さらに問題は、戦争で使われていた黄りん弾が未だに不発弾として残っており、
長年の風雨にさらされて腐食して、中身が漏れることがあります。

今でも小学校の建築現場で見つかり、児童が避難するという事も起きています。
爆発の恐れがあり、戦争の後遺症は未だに残っていると分かります。

日本看護協会

医師の画像

日本看護協会について

看護師は、出産から最期を看取るところまで、人々に寄り添って活動しています。
不安で心細い患者たちをケアするために、看護師たちが満足できるサービスを提供する事が大切です。

最近は看護師の活動の場は病院や診療所のみならず、
訪問看護ステーション、介護保険施設、福祉施設等多様化しています。
専門看護師や認定看護師という制度も出来ています。

このように社会の変化と必要性に答える様に、
質の高い看護サービスを提供するための活動を行っているのが、日本看護協会です。
看護職、つまり保険師、助産師、看護師、准看護師の資格を持つ人たちが自主的に加入し、
現在会員数は65万人とのことです。

それでは一体どのような活動を行っているのでしょうか。

活動内容

例えば看護師は医療行為の補助として、様々な事に関わっています。
看護の室を向上させる事、医療安全を確保する事は非常に重要です。
現在は新人看護職員の卒後臨床研修が努力義務となっているのですが、
全ての新人職員が研修を受ける様に制度改革を目指しています。

看護職の労働は、例えば介護の度数が高い人、認知症の方が増加すると見込まれる将来、
ますます重いものになるでしょう。

このような厳しい現場で働く看護師の労働条件や環境の改善は不可欠なものとなります。
そうでなくても、2008年に全国調査を行ったところ、
推計2万人の看護職の方々が、過労死危険レベルの勤務をしている事が明らかになったそうです。

この実態を踏まえて、『看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン』を作成しています。

職場環境の実態調査も

また、給与面でも実態調査を行い、適正かどうかを検証しています。
そして短期で退職しない様に、よりよい給与制度づくりの提案と取組みのヒントを公開しています。

他にも就業場所別の就業者数や年齢構成、国内での看護職養成の状況、
外国での看護師等の数といった統計情報が充実しています。
諸外国の現状を踏まえ、日本はどこを改善すべきかを検討する資料となります。

現状では看護職の立場はなかなか厳しいものですが、
それでも人々のために力を尽くそうという人は大勢いらっしゃいます。

そのような現場の人々へのインタビュー記事が充実しています。
例えば新人看護師に密着したものや、
夜勤の看護師がどのような事をしているかを明らかにしたもの等が動画で公開されています。

様々な分野のスペシャリストの活躍している現場は、日常生活ではなかなか知り得ないものでしょう。
特に身の回りの事を自分一人でこなす事が難しい特別養護老人ホームでの活動には頭が下がります。

看護職の人たちは東日本大震災でも大活躍しました。
医療品や機器が圧倒的に不足している状況で、出来るだけ多くの人命を救おうとしました。

でも、悲惨な現実を目の当たりにして心身共に疲れ果てた方も多いようです。
中には自分が被災したにもかかわらず、医療現場で従事した方も居たそうです。
このような人たちのリフレッシュ支援が今後は重要になりそうです。

看護師への道

長い道のりの画像

長い道のり

病院で患者の入院生活を補助したり、医療現場において身体だけでなく心のサポートを行い、
医療行為を進めやすくなるための活動を行う等、看護師の行う仕事は多岐にわたります。

人々のためにつくす看護師になりたいという方が知りたい、
看護師への道はどのようなものなのでしょうか。

誰でもすぐに看護師になれる訳ではありません。
看護師になるには中学、高校卒業後に看護士養成所や短大、専修学校、
あるいは看護系の大学(大学の看護学科など)で学ぶ必要があります。

その後、厚生労働大臣の免許を取得すると、正看護師として働く事が出来る様になります。
准看護師の場合は養成所へ通うか、高校の衛生看護科で学んで、
都道府県で実施される准看護師試験に合格すると、
知事から免許が交付されて准看護師として働く事が出来る様になります。
医療現場できびきび働くまでの下積みは大変そうです。

さらに最近では看護師の専門性を高めるため、
1996年に専門看護師、1997年に認定看護師の資格が誕生しています。
専門看護師は認定審査で合格した人に与えられるもので、精神看護やガン看護、
小児看護など、解決が難しく複雑な病気の人へのケアを良くしようというための専門家です。

これには保健師、助産師、看護師のいずれかの免許が必要である上に大学院修士課程を修了し、
実務経験とくに専門看護分野の経験を積んでいる事が必要となります。

認定看護師は救急やホスピス、糖尿病等の特定の看護分野で熟練した方を認定するものです。
こちらは実務経験とくに特定看護分野の経験を要するものです。

専門看護師、認定看護師のいずれにせよ、その道のさらに熟練した方だという事になります。

自らの力をつける重要性

さて、看護師になるためにいくつかの方法があるというわけですが、
看護専門学校(3年間)、短期大学(3年間)、看護系の大学(4年間)のいずれがいいのでしょうか。
看護師の中で一番多いのは、看護専門学校出身者のようです。

ここでの学習時間の3分の1ほどが看護実習という事で、
国家試験合格後に即戦力として活躍することになるでしょう。

一方で短期大学だと他の学科と一緒になっている事が多いため、
幅広い知識を身につける事が出来ますが、出身者は非常に少ないようです。
看護系の大学では「自らの力をつける」ことに重点が置かれるようです。

また、看護師国家試験受験資格以外にも、保健師、助産師国家試験受験資格が得られる事や、
場合によっては養護教諭資格を卒業と同時に得られるという点が特徴です。
勤務体制はどのようになっているのかも気になるところでしょう。

病院によりますが、3交代制だと8時間ずつ、2交代制だと夜勤が長いようです。
この夜勤がいわゆる「当直」になるようです。

また、看護師以外で看護の現場に携わる方法として、看護助手がいます。
こちらは国家資格が不要で、看護師不足に悩む病院が採用して、
医療行為はできませんがサポートとして従事しているそうです。